本願寺は、首都圏にお念仏のよろこびをひろめるために、都市開教を進めています。
2011.03.20
地震は電気が切れることから始まった。ゆっくりした揺れがすぐに大きく、そして長く続き、その大きさの割には静かなのにかえって恐怖心がわく。古屋の庵にもかかわらず、物一つ落ちなかったが、立て続けに起こる強い余震に、日本のどこかで大きな地震があったに違いないと確信した。■引張り出したラジオに電池を詰め、バッテリーでパソコンを動かして東北が酷いことになっているのを知ったが、深夜に電気が戻りテレビに実態が流れるまで、これほどまでの壊滅的な被害は想像できなかった。■この世に絶対安全などということはあり得ないが、原発にまで至った事態は深刻だ。今に至ってとやかく論議している場合ではない。我々は文句言わず従うのだから、一番実態を知っていなければならない責任ある人間が今出来うる最善のことをしてくれていると信じたい。■阪神大震災のときは村山総理、今回は民主党と、奇しくも自衛隊嫌い、米軍出て行け政権時なのが皮肉だ。もっとも他の政党だって似たりよったりだが。日本だけが不戦を誓っても戦争は絶えず、災害は時も規模も選ばない。原発が実在しそれに頼りながら、「核」に向かい合わないことが正義としてきた、甘さ、おそまつさは言葉にもならない。■海の底を押し上げてエベレストやロッキー山脈をつくり、大陸を分けたり、くっつけたりしてきた地球で、起こりうる最悪を想定していては地球を住み家にはできないし、想定の甘さを後悔したり責めたりしているのは人間の傲慢かもしれない。■想定しておかなければならないのは、文明に頼り切る生活の危うさだろう。一昔前にはちょくちょく停電したものだが、せいぜい部屋の電気が消えるくらいで、ろうそくの火に家族が集まり、早くふとんに入ったりして子供心に何だかうれしかったくらいである。■今さら元には戻れはしないが、ハイテクは肉体から離れたものであることを自覚し、アナログの強さ、暖かさを侮ってはいけない。それが本来の生存本能であり、生きる智慧を育み、いのちあるかぎり生き抜く力になるのだから。 norimaru