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逗子布教所龍溪寺

基本情報

専従員名
谷山憲丸
所在地
〒249-0002
神奈川県逗子市山の根1-7-24
TEL:
0468-71-1863
FAX
0468-72-3485
ホームページ
http://www1.kamakuranet.ne.jp/kanadean/
教化活動
・聴いて語って「かなで庵法座」
 毎月26日午前11時より
・寺報 毎月発行
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・旅行会(年1回)
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2011.03.20

親鸞聖人の御消息(手紙)にみる「いのり」

東日本を巨大地震が襲ってから一週間が経ちましたが、皆さまにはご無事でおられるでしょうか。またご親族、ご友人の被害はなかったでしょうか。お見舞い申し上げます。 

揺れと大津波は、一瞬にしていくつもの町を破壊し、何万人という人々の命と生活を奪い去りました。それは原子力発電所にも及び、被災地の人々のみならず、世界中が不安と恐怖におおわれています。  

こんな時、私たちは自らの無力さ、また世の無常を思い、為すすべもなくただ祈らずにはおれません。

*  *  *    

世間で行われているお払い、自分にだけには厄が来ませんようにというような、いのり、祈祷は、個人の欲望が深く、すべての人々にという思い(菩提心)がなく、私利私欲の神頼みとも言えるようないのりは仏道に沿いません。ですから真宗では「祈らないよう」注意してきました。  

親鸞聖人も『ご和讃』に、

 仏号むねと修すれども、

 現世をいのる行者をば、

 これも雑修となづけてぞ、

 千中無一ときらはるる

と述べておられます。

しかし一方で、お手紙『御消息(ごしょうそく)』には、

 世に曲事のおこり候ひしかば、それにつけても念仏をふかくたのみて、世のいのりに、こころを入れて、申しあはせたまふべし

と、世間の祈りを思うことが大事だと書き送られたお手紙もあります。      

このお手紙(御消息)は、流罪がとかれたあと、永く関東に留まられ、み教えをひろめられ、ともにお念仏をよろこばれた北関東の同行にあてて、京に戻られてのちに書き送られたものです。 

親鸞聖人の生きられた時代は、長引く戦乱や冷害などが幾重にも重なり、人々は餓え、すさみ、京の鴨川や河原も遺体で覆われ、それを鳥や獣がつついていたといわれています。まさに地震と大津波が襲ったあとの被災地から報じられる光景そのものだったのではないでしょうか。

親鸞聖人は、

 この世・のちの世までのことを、いのりあはせたまふべく候ふ。......ひがうたる世のひとびとをいのり、弥陀の御ちかひにいれとおぼし召しあはば、仏のご恩を報じまいらせたまふになり候ふ 

と、「自分の利益を祈るな」、「他を助けることは祈れ」と説かれ、いのりをすすめるようなお手紙も書かれておられます。 

*  *  * 

生命あるすべてのものに出来うる限り寄り添って、その痛みや悲みを哀れみ思いやることができるのが仏道であり、人間が人たる由縁です。災害は、自然とともに生き、多くの恵みのおかげで生かされるものの宿業であり、かたちあるものは必ず壊れるという無常を受けとめることのできる日本人本来のDNA(宗教心)が、こういうときの姿をもってして世界の人々を称賛させるのかもしれません。         

しかし、残念ながら、我々凡夫の非力さは、悲しみを完全に取り除いてあげることも、思いやってあげることもできませんが、「子どもが、親が、家が町が流され、なぜ私は助かってしまったのだろうか」と、自分を責め、絶望する人にそっと寄り添って、いつの日か必ず立ち上がっていくよう見守ることはできるはずです。

「人々の深い心の声に、耳を傾けることがいのりである」とは、マザーテレサの言葉です。   

 自分の希望を願うことではなく、他を思うことが祈りです。 

今こそ利他の心を取り戻し、ひとり一人が隣の人を思いやりながらしっかり生きていきたいものです。                                     合掌

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