門信徒さん、活動報告

照光寺新聞

2011年9月 1日 13:44

照光寺に所属している門信徒の方の活動報告です。東日本大震災の被災地の子ども達をサマーキャンプに招待するという話がありました。親族のお寺(坊守の父方の里)があるので参拝されてはいかがでしょうかとご提案したところ保安寺のご住職も協力していただくこととなりました。ありがとうございます。以下、松尾さんからのご報告です。

『サマーキャンプ支援』

 8月18日から5日間、東日本大震災の被災地で生活している34人の子どもたちと、サマーキャンプに行ってきました。香川県の小豆島で催される国際こども映画祭に被災地の子どもたちを招待しようと「子どもたちは未来」を掲げる日本子ども学会が企画、全国から寄付を募って実現したキャンプです。新幹線も飛行機も初めてという子もいて、始めは緊張気味でしたが、子ども会交流、そうめん流し、お遍路体験など、小豆島の方々の心尽くしの接待に、気持ちが次第にほぐれてきたのでしょう。最終日には「もっと居たい」という子も出るほど。島の生活を大いに満喫し、全員元気に帰路につきました。この子たちが、これからの復興、そして東日本のこれからを担ってくれるのだと思うにつけ、日本の未来は明るいと思いました。付き添った私も何か大きな元気をもらったような気がしています。おそらく小豆島の皆さまも同じ気持ちに違いありません。今年の夏一番のいい思い出となりました。  〈松尾忠正〉

小豆島サマーキャンプ:第2日 077.jpg子ども会交流【案山子作り】








小豆島サマーキャンプ:第3日 024.jpg雲の中の四方指展望台








松尾さんのご報告を受けて、私もとても嬉しく思いました。阿弥陀様とともに力強く生き抜いて欲しいと念じております。

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照光寺新聞

寺子屋ふぁみりあ

8月31日(水)午後1時から築地本願寺 聞法ホールで照光寺に所属しているMさんが講演を行います。『「孤から独へ 教師が子どもから教わったこと」』という講題です。『学校の教師たちが引きこもりがちなこどもたちとどのように関わろうとしてきたか、歴史的な過程を辿りつつ、現在の子どもたち及び家庭の様子と学校の姿勢についてお話した後、自らの子どもたちとのふれあい経験を紹介します。』(全国青少年教化協議会の案内パンフレットより)
 Mさんは、不登校の子どもたちや問題を抱える子どもたちと共に生きてきたかたです。また、子どもたちが社会からどのようにみられているか等、悲しくなるような現実に抑圧されているこころをどのように解放させたらよいか、子どもたちの抱えている問題に40年以上、真摯に取り組まれてきた方です。私自身、Mさんとの出遇いがなければ、今ほど前向きな姿勢ではなかったかもしれません。とても尊い出会いでした。
 幼少期に周囲から受けるこころの傷は、成人してからさまざまな症状として現れる可能性があること等、若年層だけでなく、壮年の方も、高齢の方も、どの世代でも「こころの傷」を持っているのだそうです。一人ひとりの一歩が悩んでいる人の希望になることもあります。私たちの無意識のこころに抑圧されている「何かよくわからないもの」におびえながら過ごすのではなく、抑圧されているこころがあることに納得することができれば、新しい生活の一歩をどうどうと歩き始めることができるかもしれません。全青協のパンフレットには『ご家族(親)だけで問題を抱えずに、一緒に考えて見ませんか』と書かれておりますが、ひとりで悩むことほど辛苦なことはありませんので、問題が解決するしないに関わらず、最初の一歩を踏み出してみましょう。寺子屋ファミリアは参加費無料ですが登録制です。
【お申し込みとお問い合わせ先】
財団法人全国青少年教化協議会 電話:03(3541)6725 

8月の法語カレンダーには『真理の一言は 悪業を転じて 善業と成す』とあります。阿弥陀様のあたたかいお慈悲のこころに包まれながら、一緒に考えてみるきっかけにしてみませんか。

照光寺新聞

第3回照光寺公開講座のご案内

9月10日(土)第3回照光寺公開講座を開催します。
2000(平成12)年に、成年後見制度がスタートしたそうです。第3回目の照光寺公開講座では、成年後見制度をテーマにして、ご参集くださる皆様とともに学び、高齢化社会を生きるにあたっての不安や心配事など...一緒に考えるひと時にしたいと思っております。『成年後見制度』について、ともに学んでみませんか。福祉ジャーナリストの村田幸子さんが『所在不明高齢者、孤独死する高齢者、虐待にあっている、また東日本大震災で後見人が亡くなり必要な支援が受けられなくなった人など、後見を必要とするにもかかわらず利用に結びつかず、ほうっておかれる高齢者のなんと多いことか。』と現代社会の問題点について解説されております。照光寺の門信徒さんからのご要望でテーマが「成年後見」ということになりましたが、「社会に支えられて生きることができる」という根源的な安心感をこころの中に感じながら過ごしている人はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。無意識に「この社会は救ってくれるのだろうか」と疑問を抱えながら生きる人生と「見捨てられることはない」と自覚しながら生きていく人生には、大きな違いがあるはずです。今回のご講師は照光寺の門信徒の方です。川合信也さんは、今年度、第3期生として東京大学市民後見人養成講座を受講され、その研修を修了されました。今後、習志野市内で活動していきたいとのことです。法律の知識も必要とされる成年後見制度ですが、みんなに支えられて、生かされているという安心感を確かなものと感じることができたら、もっと生きやすい世の中になるのではないでしょうか。それぞれのこころの問題や生活しているなかでの心配事を切り口にして、公開講座や法話会、勉強会でみんなの話しを聞くことは、本当のしあわせを発見する機会にもなると思います。是非、ご参集ください。また、勉強会で使っているテキストの23ページに『阿弥陀如来によって与えられる信心は、執われ、縛られるのではなく、逆に、すべてのことにこころを開いていくような信心(「すくいとよろこび」本願寺出版社)』と書かれています。第3回目の照光寺公開講座は硬直してガチガチになったこころが自然に解きほぐされるようなあたたかい会にしたいと思います。皆様のご参集をわたしたち照光寺公開講座実行委員会のメンバーがお待ちしております。お誘いあわせのうえ、ご参加ください。

【第3回照光寺公開講座】
演題 「成年後見制度ってなぁに?」
講師 川合信也(東京大学市民後見人養成講座修了生)
日時 9月10日(土)午後1時から午後3時まで
会場 ブレーメン習志野
    住所:習志野市東習志野2丁目10番3号
    電話:047(470)5511
会費 200円(資料代として)

『もしも汝が、〈賢明で協同し行儀正しい明敏な同伴者〉を得たならば、あらゆる危難にうち勝ち、こころ喜び、気をおちつかせて、かれとともに歩め』(「ブッダのことば」中村元訳 岩波文庫p18)


照光寺新聞

法話会

 雨の中、いつもの顔ぶれが集まってくる。とても嬉しい光景だ。

 今日は法話会。何を話そうか考えていたが「人間の一生で一番さびしいのは愛別離苦だ。大切にしているものが無くなる。いつも一緒にお参りしていたという思い出だけが残り、独りきりのさびしさが心の底からわき上がってくる」なまんだぶ。という話にしました。公開講座の御礼とご案内。勉強会のご案内をするなか、和やかな雰囲気のなかで時間が過ぎていく。

 照光寺は「生きていてよかったとみんなで思えるお寺」を目標にしてます。

 『あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の(慈しみの)こころを起すべし』【岩波文庫 ブッダのことば スッタニパータ P38】

 笑顔で「またね」と言って別れていく門信徒さんの後姿がとても楽しそうに見えました。みなさまもご一緒にいかがでしょうか。毎月2日午後1時30分からです。

 親鸞聖人の教えを学ぶ会(仮題

 照光寺ではご信心についてお聴聞する機会を増やすことにいたしました。偶数月の午後2時から午後4時までですが勉強会を開催します。一人ひとりのご信心やお味わいを語り合うことで、親鸞聖人のみ教えを学んでみませんか。照光寺の勉強会では本願寺出版社から刊行されている「すくいとよろこび」を皆で読み合わせをしてお念仏のこころを学んでいきます。

はじめての方も、仏教が大好きな人もいっしょに学んでみませんか。

照光寺新聞

第二回照光寺公開講座のご案内

第一回照光寺公開講座は51名の方々のご参集をいただきました。参加される方々より、もっと聞いてみたいというお声がありとても励みになっております。次回、第二回目の照光寺公開講座を開催するにあたって、実行委員の皆様と会議を行いました。第二回目の演題は「身近な仏壇、心のこもった葬儀」です。実行委員有志には今年、昨年と親しい人がお浄土にお帰りになられた方もいらっしゃいます。今まで存在していたひとがいなくなった寂しさの中、「もう、君はいないのか」という思いを抱えながら、大切な人を送り出す準備をしなければならなかったというご経験から、今回の仏壇と葬儀の話をテーマとすることになりました。ご講師は葬祭カウンセラーの増山晶彦さんをお迎えしてご講演いただくことになっております。また、ご参集いただく皆様の為に、質疑応答の時間を設けております。これまで「よくわからなかった」ことや「聞きづらいな」とお思いになられていることも含めてご質問していただくことができたらと考えております。土曜日の午後、いっしょに語りませんか。

1.名称 照光寺公開講座

2.演題 「身近な仏壇、心のこもった葬儀」

3.講師 増山晶彦氏(葬祭カウンセラー)

4.日時 7月9日(土)午後1時から午後3時まで

5.会場 ブレーメン習志野(住所 習志野市東習志野2-10-3 電話:047-470-5511)

6.会費 200円(資料代として)

 実行委員より「第一回目は皆様のお陰によりたくさんの方にご参集いただきました。ありがとうございます。聞いてよかったと思っていただけるように頑張ります」

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照光寺新聞

安穏

近隣寺院さんの安穏HPがリニューアルされました。とっても頼もしいご住職で、何かあると相談にのってもらったりしております。

http://annon1.web.fc2.com/

上記をクリックしてください。「安穏」が何を志して活動しているのか、たくさんの方々に知っていただきたいと思いました。有縁の方々にお勧めしております。最近、直接お寺に連絡してくださる門信徒の方々が増えましたが、これまでの活動が実ってきていることを実感しております。

先日、船橋市三山でご縁がありましたので徒歩でお参りに行きました。ご子息は私が通っていた高校の後輩。それも同じ野球部であります。とっても嬉しくなって、ついつい誘われるがまま長居してしまいました。

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習志野布教所のご縁の方が50件をこえました。法事の依頼は半分くらいでありますが、ひとりで借家に住み始めたころを考えると信じられないくらいです。何が嬉しいかと言いますと、どんなに辛苦なことに遭遇しても習志野布教所の門信徒の方々の為に活動するという覚悟が生まれたことです。私が預からさせていただいている門信徒の方が辛い思いで涙しているならばどこにでも行って微力ですがお力になりたいと思います。

私ができることを ひとつひとつ実現していきたい

小さな種かもしれないけれど

いつか必ず実ることを教わりました

T家のみなさま、13回忌をご縁として素晴らしい時間を共有できたことを嬉しく思います。これからもよろしくお願い申し上げます。

追伸 ゴルフのお誘いですが今しばらくお待ちください。1ラウンドで150をたたくと迷惑ですので、ちょっと素振りをしてみます。ドライバー  がまっすぐ飛ぶようになったら一緒にいきましょう。

照光寺新聞

葬儀はいらない?!

 みなさん「葬儀はいらない」という本を読んだでしょうか。

 死ぬ前に仏法を聞かなければ何のために人間に生まれてきたのかわかりませんという思いがいたしました。浄土真宗の葬儀は、これまでの苦悩に満ちあふれている人生を阿弥陀様とともに生きていくことができたことへの感謝の儀式であります。阿弥陀様と同じさとりをひらくことができるご恩の深さと高さを故人とともに味わう現場でありましょう。導師は故人と伺いました。僧侶は故人が儀式をお勤めできないので、導師(故人)の代理で修行するそうです。いるいらないの二者択一であるとすれば「必要」であります。

 浄土真宗では戒名と言いません。生きている間に帰敬式を受けることでご門主さまから法名をいただくことができます。戒名と法名も根本的に意味合いが異なりますので、とにもかくにも生きている間にお手次のお寺のご住職や本山本願寺に相談していただくことができたらと念じております。門徒さん同士で相談することも可能でありましょう。

 お金がかかるということであれば、質素にすることはいくらでもできます。町内会館を使用することもできますし、市町村によっては葬祭補助を受けることができる場合もあります。公営の会場を借りることもできます。たくさんのノウハウがお寺には蓄積されているのです。

 仏事に対する関心がより一層高まることを期待しております。阿弥陀様の救いは死んだあとではなく、今、この瞬間に往生することが決まって救われると伺っておりますので仏法は生きている間に聞いてほしいという思いで一杯となりました。

 

 PB220187.JPGこの写真は習志野布教所にご本尊をお迎えする前、長きにわたって阿弥陀様がご安置され、礼拝され、門徒のこころの支えとなってきた本堂であります。葬儀だけで、これだけ大きな本堂が建立されることは考えられませんので、生きている人が「この教えだけは大切だ」という思いがあったからこそ、形として残ってきたのだと思います。暇になってからではなく、今、仏法を聞いていただきたいと念じるばかりであります。

照光寺新聞

ブレーメン習志野に行ってみました

 習志野市には、障害者も健常者も、赤ちゃんもご年配の人も、あらゆる人が地域社会に根ざして生きていける場所をつくる取り組みがあります。ブレーメン習志野です。日替わりランチが500円と格安。嫁と1歳の息子と私の三人で見学に行ってみました。施設はとてもアットホームな雰囲気です。坊守いわく「ここが一番落ち着くね」とご満悦です。売店ではがきを15枚買いました。ご門徒さんに暑中見舞いを書こうと思います。

 地方都市から首都圏に出てきた時、大好きな先輩が「人がこんなに冷たいとは思わなかった」と当時の心境を語ってくださいました。忙しいという漢字は「こころが亡くなる」と書くんだよと聞いたことがあります。私の父はサラリーマンなので、先輩の話をしたところ「俺は玄関を一歩出たら仕事のことしか考えてない。脳細胞の99.9%が仕事のことしか考えられなくなるもんだ」と語っていたことを思い出しました。開教を目指したころから、今まで聞いてきた言葉は本当だと感じたものです。 

 写真は、わたしのいのちを救ってくださったお寺です。報恩講のお手伝いに行った時、境内を掃除してきれいになったところで写しました。ブレーメン習志野で目指していることと少し違うのかもしれませんが、共生できる地域がまだ全国にはたくさん残っていると思います。そのお寺に集まってくる人々のこころだけでも伝えたいと思いました。

 100歳近いおばあちゃんの話です。写真のお寺の住職から「目も見えなくなり、足腰も弱くなり、耳も聞こえなくなった。おばあちゃんはお嫁さんに手をひかれて毎月必ずお参りにいらっしゃる。おばあちゃんは年をとって目も耳も足腰も不自由になったけれど、なんでお寺にくるかわかるかい?」と聞かれた事があります。

 おばあちゃんによると「お寺の本堂に行ったら、阿弥陀さんの話をしていることが肌でわかる」と住職に話してくださったそうです。住職は「私もおばあちゃんのお育てに出会っていたんだね」と私に教えてくださいました。そんな場所を習志野につくりたいと思います。

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